
石鎚頂上山荘に予約していたため、16日の登山となった。
例年なら10日前後の登山となるはずであったが、宿泊予約ができず、16日となってしまった。
でも、10日は、雨天となり錦秋の天狗岳を拝むことができないようであった。
今回の山行は、家内と孫二人との登山である。
普段では、4時に寝床を離れ、7時から登山開始、10時前には山頂着となり午後2時頃には下山し夕方には自宅に到着しているのだが・・・。
今回は、山小屋泊のため11時30分土小屋(標高1,492m)発ののんびり登山とした。
二人の孫は、かなり楽しみにしていた様子であった。
数週間前には、孫(長男)のトレーニングのため、日本三百名山の瓶ヶ森(標高1,896m)と東黒森山(標高1,735m)の二座を歩いてきた。
瓶ヶ森では、しっかりとした足取りで山頂(女山=メヤマ)、そして藪コキの中男山(オヤマ)へと縦走し下山しまったく平気な顔をしていた。
孫娘は、普段から活発に運動(とはいってもバレー=踊りの・・・だが)しているから大丈夫だと考え7月の大山登山以来の山登りとなったがこれも大丈夫だろう。
標高1492mの土小屋では、日中とはいえ気温は10度ほどである。
幼い子にとってかなり寒そうな感じであったが、その点は熟知している家内がダウンジャケットを用意していたので早速着用させ、寒さ対策を整え一路山頂を目指した。

コナラ、シコクシラベ、ブナなどの落葉樹に囲まれ、黄金の森の輝きの中を歩くこと50分、そこには大勢の登山者がベンチに腰をおろしている。
私たちも小休止しながらエネルギー食を補給する。
孫たちは至って元気である。
およそ5分ほど休み、残り2.6Kmを歩くことに・・・。
つまり、ここまで2Km歩いたことになる。
ここから10分ほどで、広い休憩所がある。
ここでは、立ち休みをして先を急ぐことにする。
岩路を割ったお碗のような岩場を乗り越すと、トラバースしながら進むと笹とシラベやブナの美しい景色になりここから、丸太道になる。

幼い孫には丸太の登山道は少し苦手のようである。
家内とそれぞれ孫の手をとり、バランスを確保しながら歩く。
石鎚東稜コースの分岐から20分ほど経った頃、切り立った断崖が現れる。
ザレ場のゴツゴツとした岩と赤いナナカマドやドウダンツツジ、ブナ、カエデの黄色と、シラベの緑のコントラストが美しい。

「あの山に登るんだよ」
「ここまでよく歩いたね」と家内が言葉少なくかける。
「あそこまで登るの」
「ああもう少し」
このあたりからルンゼ越しに木組みの桟道を通過しなければならない。
でもしっかりとした真新しいも木道のため、恐々ではあったが孫たちも安心して歩いた。
でも、下を覗くと恐怖心がつのり私たちの手をしっかり握りしめてきた。

まもなく、成就社からの合流点。
入り口には、小さな鳥居と道標があり、石段と木の階段を登って行くと左側に「石鎚山二ノ鎖元」と書かれた小屋がある。
ここまでおよそ2時間30分。
ザックを下ろし休憩をとることにした。
数分経ったころ、成就社方面から登ってきた、法螺貝をぶら下げた白装束の修験者の一行が通り過ぎていった。
「息苦しいかもしれないけどもう少しだからがんばろね。」
孫娘は少し疲れた様子だが、うなづいた。
ここから鎖場だが、無理をしないで巻き道を歩くことにした。
鉄製の頑丈な階段が取り付けれられている。
ゆっくり、ゆっくり歩き、周りの景色を堪能しながら疲れを忘れるようにあるきまもなく弥山に到着した。

山頂には石鎚神社「頂上社」があり、10mほど南に歩くと西日本最高峰石鎚山天狗岳が鎮座している。
錦の衣を纏った天狗岳が美しい。
孫たちは、夕陽に照らされた天狗岳の山容を言葉なく感動の眼差しでじっと見つめていた。

山稜湧雲の石鎚山
やっと梅雨が明けた。
それまでは・・・・・天気予報と天気図に一喜一憂していた。
7月16日(金曜日)は、曇り時々晴れ。
この調子では、土曜日あたり梅雨前線が北方に押し上げられ梅雨が明けるのでは・・・・・。
予想ずばり!気象台発表が梅雨明け宣言。(明けたと見られる・・・・・。断定はしていない。)
準備は、山女の家内だからすべて任せられる。
7月17日(土曜日)早朝2時起床、3時出発、一路鳥取県溝口ICから大山Pに向かう。
到着まで2時間30分足らずだ。
予想通り、5時30分駐車場に到着。
元谷川傍の駐車場は満車である。
ここの駐車場は、料金がかかるので少し遠いが広々とした無料の駐車場に!。
そこには、自衛隊の車が20台ほど並んでいる。
自衛隊のサバイバル部隊か、それとも山岳訓練かわからないがかなりの人数の入山のようである。

ここで、孫たちと朝食を摂り7時5分に出発!
登山口まで10分。
ここから夏山登山道を歩き、途中にあるBOXに前もって作製しておいた登山届けを提出。
孫たち(男女7才の双子である)と元気に歩き出す。
大山登山では、石段、木の階段、ハーバーコンテナ(石篭)の階段?そしてガレ場、木道とつづき山頂となる。
とくに、ハーバーコンテナ(石篭)が続く6合目以上では歩くことができるだろうか?
そのときは、無理をしないで下山するかも知れない。
通常より少し時間がかかったが6合目に到着。
ここから、孫たちの様子を確認しながら登ることに・・・。
昨年は、10月の紅葉の始まる頃、ユートピアコースの途中で撤退していたので、孫たちもかなり気合いが入っている。
約半年での再チャレンジである。
・・・・・とはいえまだ小学一年生になったばかりである。

予想に反して、とにかく本人の意気込みがすごい!
「じゃ行くか!」
「うん」
「あまり休んじゃうと寒くなっちゃうから、早く行こう」
ふたつ返事である。
それからあまり休まず、7合目、8合目、とゆっくりではあるが一歩一歩確実に歩く。
もちろんハーバーコンテナや、4段積みの階段などは、支えがなければむずかしい。
でも、ほとんど自力で上がった(歩くと言うより登るといった方が正しいのかも知れない)。
駐車場から3時間10分ほどで山小屋(避難小屋)に到着。
でも、かなりガスっている。
木道中間点(しいていえば9合目ってところかな。)あたりまでは下界がよく見えていたのだが・・・。
気を取り直し、昼食を摂ることにした。
昼食を終え、山頂に。

30分ほど山頂で過ごし、記念撮影を撮った後下山する。
6合目避難所ちかくから、元谷川に下る。
本来なら、夏山道を下るのだが、登山者が多く離合待合の連続で事故があってはならないので、急勾配ではあるが、このルートは、人が少なくゆっくり歩くことがでる。
足元にきをつけ、歩幅を小さくすることの大切さを教えながら谷に向かって歩いた。
広い河原では、数人のパーティーがいた。
ここから眺める大山山稜は、北アルプスにも負けない男性的な雄姿である。
ここから車道(工事車両専用)を歩き豪円山方面へ。
孫たちにとっては、かなりハードな山歩きではあったと思うが、弱音を吐かず最後まで頑張り通した。
この山歩きは、孫たちの大きな宝物にして欲しいものである。
孫たち頑張ったね。
数週間前から天気予報にくぎ付け。
4月28日は、快晴なれど山険し・・・・。
山小屋の情報によると、4月26日は猛吹雪。
新雪が50センチメートル以上のこと、したがって27日は入山規制がかかっていた。
4月29日、上高地にて規制の解除を待っていた。
心ばかりの望みをつないで・・・・・。
午前7時ころ横尾から涸沢まで、何とか歩行可能、との情報と条件付解除が発表。
今年の徳澤までの歩道は、昨日までの雨や雪でぬかるんでいましたが、何とか快適に感じた。
徳澤を過ぎ、新村橋を越えた頃から、梓川から吹き付ける雪と風が一段と強くなってきた。
ここから沢に沿って歩かなければならない。

登山道は、多くの積雪のため消えている。
もちろん、トレースなんてない。
吹雪に体を躱(かわ)しながら横尾へ向かう。
横尾では、多くの登山者が屯っている。
ここから涸沢まで夏場で3時間、冬期では、4~5時間ほど要するだろう。
思案の果て、明日に希望を抱いて本日の涸沢行きは断念。
更に、「涸沢からあずき沢あたりと、ザイテングラートでは、表層雪崩の危険と、堅い雪質のため奥穂高岳の登頂は危険である。」との情報が山荘(穂高岳山荘)からツイートがあった。
また、当日はホワイトアウトのコンディションのため、今回の登頂は断念。
あえなく撤退することに・・・。


翌日、新穂高から西穂高に変更。
取り合えず、山荘まで行くことに。
雪の舞うなか、しらかば平からロープウェイに乗り、西穂高口駅に向かう。
前日の乾いた雪のためか、サラサラとたパウダースノーのようであった。
アイゼンがなくてもいいと思うが、家内の都合上、私も装着。
積雪は、2メートルから3メートルのようである。
西穂高口から1時間強で西穂山荘に到着。
山荘では、全くのホワイトアウト。
山荘の暖かい部屋で多くの登山者がのんびりと時間をつぶしている。
丸山、独標などのトレースも消えている。
山荘に戻り、暖かい飲み物を注入しやむなく下山。
ゆっくり温泉に浸かって明日帰ろう・・・・・。
一週間前まで、すごく寒い日々が続いていましたが、ここ最近うってかわって4月並の陽気な毎日です。
でも、昨日の雨あがりに、ふと山脈を見渡すと赤星山、赤石山系には白銀の世界になっていた。
そになかで、自宅にある「ヒマラヤ雪の下」の可憐な花が遠慮がちに咲いていました。

吉野川ラフティング大歩危小歩危
モンベルショップに立ち寄った帰り、激流吉野川大歩危、小歩危で50から70隻のラフティングボートを発見!。
日本三大急流の吉野川ラフティングの小歩危大歩危コースには日本でも屈指の激流ラフティングポイントが多数点在し、国内ラフティングの聖地となっている。
激流吉野川ラフティング!に挑戦する小中学生たちは、本物の激流四国吉野川をラフティングボートで漕ぎぬけていました。